橋村編集長とお会いして感じたこと。

ナマステ!

今日は昨日の続きが書きたかったので、
珍しく午前中から書いています。

月曜日にYogini の橋村編集長と、BASE のナオキ先生がAYKBに来られました。
理由から書くと、
なんとあの Lotus8 が神戸三宮にヨガスタジオをオープンすることになりました! しかも12月から!

それでLotus 8 の三宮スタジオのディレクターを務めることになったナオキ君と共にAYKBに来てくれたのです。

ちなみに、BASE のナオキ君は僕がスンダリでマイソールを行っていた時から、
寝屋川から通ってくれたり、大阪でのWSに参加してくれたり、
寝屋川BASE でも僕のWSを開催してくれたり、
さらには一番最初に
『 誠也さん、スタジオやらないんですか? 』と
僕に独立のキッカケを与えてくれたキーマンです。
AYKB をどれくらいのサイズにして、
生徒さんにどんな環境を提供したら喜んで頂けるか?
そういったことはナオキ君に相談し、構想の段階からAYKBに関わっている人です。

そして、橋村さん。
2005年に雑誌『 Yogini 』と東日本橋にstudio Lotus 8 を作った方です。

僕の話になりますが、
僕は大学を卒業後にオーストラリアを2年間旅していたのですが、
24歳の僕はオーストラリア滞在中、ずっとインドに行くことを考えていました。
インドを旅しながら、ヨガを学んで、ヨガで生計を立てられないかな?
なんて妄想しながら、インドに行く前の準備として帰国しました。

でも、その時はどんなヨガをするかを決めていなくて、
その時に橋村さんが手掛けた一冊の本を購入しました。
『 ヨガが丸ごとわかる本 』
この本には様々な流派が紹介されていて、
そこでアシュタンガヨガのケン先生という方が
毎年インドに通っていると書かれていました。

『 アシュタンガヨガを始めれば、毎年インドに行く理由ができる。』
もちろん、アシュタンガヨガの魅力も書かれていて、そこにも惹かれましたが、
僕は形から入るタイプなので、
写真の中の毎年インドに通っているロン毛の男。
俺もそんな人生を歩みたい! 
とケイコと二人で荻窪に引っ越しをして、
アシュタンガヨガを始めることにしたのです。

ちなみに一度もアシュタンガヨガを受講せずに荻窪に部屋を借りました。
他の選択肢は考えもしませんでした。
そこで僕たちはキノシタケイコ先生の元で練習を始め、
ケイコ先生との関係が始まります。

話はそれますが、
ケン先生は当時マイソール クラスにはほとんどいなくて、
ケイコ先生のマイソールクラス でしたが、
そこはあまり気にならなくて、
IYC荻窪のマイソールクラス の雰囲気に僕は完全にやられてしまい、
そして、あっさりと
『 僕の先生はキノシタケイコ先生 』となりました。
インドに通い出すまでの3年間をお世話になり、
あの時ケン先生ではなく、ケイコ先生と3年間という時間を過ごせて本当によかったです。
それほどまでに僕にとってIYC荻窪のマイソールクラス のケイコ先生のたたずまいは本物でした。

なぜ、3年もかかったかというと、理由は2つ。
1つは転職を7回もし、インド資金を貯めるのに3年かかってしまったこと。

2つ目はIYC荻窪の練習生のレベルが高過ぎて、
『 アシュタンガヨガの先生で生計を立てるなんて無理。
アシュタンガヨガは諦めた方が良いのではないか?
こんなレベルの高い人達に インドに行く なんて恥ずかしくて言えない。』
と、弱気になっていました。

結局は震災もあり、何かを諦めることを辞めた僕は
2012年からインドに通いだし、今に至るのですが・・・。

話を戻します。

僕にはアシュタンガヨガを選択するきっかけになった一冊の本がありました。
皆さんの家にも Yogini  がありますよね?
それはすでに当たり前のように本屋さんに並び、アマゾンでポチれます。

でも当たり前ですが、最初は何もなかったんです。
何もないところの0から、
雑誌ができあがるには一人の男の情熱があったのです。

その情熱に気づいたのは2018年のアシュタンガヨガ特集での橋村編集長の記事でした。


2003年にマイソール のKPJAYI を訪れた時のお話が橋村さんの言葉でかかれていて、先日はそこには書かれていないお話も聞かせて頂きました。

僕を含めた現在の実践者にとっては当たり前に存在している雑誌ですが、
0から1を作るまでの過程は想像を絶するエネルギーです。
25歳から編集の道に入り、当時28歳だったそうです。

25歳からアシュタンガヨガを始めて、28歳からインドに通いだした僕と少しだけリンクするのですが、
その男達の中にある志は全く別物です。

僕には想像もできない世界をイメージし、
行動し、日本のヨガシーンを爆上げした現実。

こういう人ってどの世界にもいると思うのですが、
僕は会ったことがないし、
そういう人って自分とは関係ない人だと線を引いていました。

だけど、実際に目の前にいてお話をしていると、
おこがましい言い方ですが、
ちょっとの方向性の違いなんですよね。
もちろん、このちょっとに雲泥の差があり、
このちょっとの方向性を変えることがとてつもなく難しいのもわかっています。
それができたらみんなすごい人ですもん。

もうちょっとだけ、僕も視野を広げれば、
もうちょっとだけ、僕も誰かの為に行動できれば、
もうちょっとだけ、自分を信じれれば・・・。

すごい人になりたいとか、
僕が世界を変えたいとか、
そんな大きなことは思わないのですが、
僕も自分にある最大限の可能性を信じ、
その可能性に命の時間を使いたいと思いました。

3人での話の中で、
そんな風に背中を押して頂いた訳ではありません。

ただ、行動して結果を残して、
更に広い視野で、日本ヨガシーンの将来を盛り上げようとしている男が目の前に現れただけなんですが、
その存在だけで、彼は僕の中で燃えている火に油を注いで帰って行きました。

ラッキーなことに昔っから最高のタイミングで
誰かが油を注いでくれるんですよね。

どうせ何やったって死ぬ訳ではないんだし、
でもあっという間に人生なんて終わっちゃうんだし、
もっとハラハラドキドキして、緊張して、興奮して、
笑ったり、泣いたりする人生を歩みたいと思いました。

矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、
僕はその為に
規則正しい生活を浮き沈みなく淡々と行っていこうと思います。
毎日のルーティーンこそが人生そのものという考え方は変わりません。

当たり前の生活習慣に磨きをかける。
僕はその方法で攻めていこうと思います。


では、また明日!

清水誠也